15 posts tagged “photo”
ハーレーの中では、OHV(オーバヘッドバルブ)2気筒として2世代目のエンジンである。
写真のハーレーは通称「ヨンパチ」と呼ばれている。パンヘッドは1948年に登場したが、その48年の1年間だけフロントフォークサスペンションがスプリンガーフォークとなっている。リジッドフレーム(リアサスペンションがなく、振動はシートのスプリングで吸収する)とあわせて、独特の雰囲気を醸しだし、オールドハーレーファンには垂涎もののバイクとなる。オールドハーレの中では別格とも言える存在となっている。
近所のハーレーショップで初めて「ヨンパチ」を見た。店の方に聞いてみるとレストアに一年間かけたそうである。おそるおそる価格を聞いてみると300万円以上はするとのこと。で、写真を撮ることで満足した。
後日行ってみると、既にこのバイクは売れていて、購入者と思われる方と店の方がエンジン周りを確認しあっていた。その時に初めてエンジン音を聞いたが、フィッシュテールのマフラーからは、とても力強く重厚な音を発していた。
久しぶりに散歩ゲームを始める。ルールは簡単。任意にスタートとエンドを決める。始めたいときがスタート、もう飽きたと思ったところがエンド。スタート地点から200歩あるいて立ち止まり、そこから見える何かを撮す、ただそれだけ。ではゲーム開始。
いきなりゲームルールを破ってしまう。200歩目は車道の真ん中あたり。ゲームで車にひかれても誰も褒めてはくれない。そこで197歩目で止まって撮す。しかし僕の後ろで、車道に出たい車がクラクションをならす。写真を撮る少しの時間待ってもらう。
都立駒沢公園に入る。東京オリンピック(1964)の時に造られた公園だ。日曜だけあって人が多い。みんな思い思いに運動をしている。僕も考えてみればウォーキングだ。200歩毎に止まることを除いては・・・
人通りを離れ脇道へ、野球グランドがある。でも今の時間は誰もいない。何故か黄色いテニスボールがグランドに一個落ちていた。黄色は目立つ。でも何故野球グランドにテニスボールが?どうでも良い疑問をする男の上を雲がゆっくり流れゆく。
体育館前の駐車場。今日は駐車している車も多い。何か体育館でやっているのかもしれない。ゲームを中止して覗きに行こうかと好奇心がうずく。
駒沢公園にはドッグランといって犬を放し飼いに出来る場所がある。200歩目でこの場所にたどり着きたく、実は少し遠回りをした。犬を撮りたいときはここに来るに限る。でも、犬も好きだけど、何故か僕はノラネコに惹かれてしまう。
ここで最高に良い顔をしている犬を見かけた。この場所を離れるときに彼の写真を撮ったが、ゲームルールに反するのでここでは載せない。
ドックランの場所から階段を上がると公園の大広場にでる。今日は雲が綺麗だ。大きく一つ伸びをする。すると一緒にアクビも出た。
大広場の下水道口。雨水を排出するための穴だと思う。ここを伝って公園の地下に入れるのだろうか?公園の大広場の地下広場、ちょっとした妄想が瞬間的に浮かぶがすぐに消える。
昔ここには花時計があった。今では単なる花壇になっている。五輪の植え込みは前はなかったような気がするが・・・
東京がオリンピック候補地に名乗りを上げたので、もしかすれば少しづつ整備しているのかも知れない。
ここで散歩ゲームは終わり。ここから家までは15分。自転車を見ると乗りたくなる。
久しぶりの散歩ゲームだった。今までは100歩毎の撮影だったが、それでは写真が多くなってしまうので200歩にしてみた。まぁこれぐらいが丁度良いかもしれない。散歩の雰囲気が上手く伝わっているだろうか・・・
図書館に行ったのは、予約した小説「JoyLuckClub」が届いたと連絡があったから。早速に読み始める。
写真はいつものK100Dだが、現像をトイカメラ風にしてみた。ピントは甘いが、それも散歩ゲームの味であると勝手に思っている(笑
昨日の東京は風が強かったがすこぶる快晴だった。この3連休の天候は荒れると人から聞いていたので、連休二日目の快晴は正月休み最後のプレゼントに思え、僕はカメラを抱え表に飛び出した。
写真を撮ると言っても何も大袈裟な出来事を記録するということでもない。どんな写真でも、その人の、おそらくは審美的な価値観より発する、写真を撮るだけの価値が対象にあるのは事実だと思うのだが、それ以前に写真に収める対象は、ただ「そこに在る」何かであるのは間違いない。
そこに在るものを、そこに在るがままに撮す。ただそれだけ。それなのに何故これだけ熱中できるのだろう。
でも今回写真を撮りながら一つだけ、些末なことだけど、気がついたことがある。それは、そこに在るものを撮すにしろ、カメラを構えるとき、対象がそのままでいることを強く願うことである。風よ少しの間止まれ、と僕は願った。猫が愛らしい表情を見せたとき、その表情のままでいて欲しい、と祈ったりもした。
普段では、つまりカメラを構えていないときは、意識しないような感覚。仮に意識するにしても、例えば風になびく草花の姿を見るとき、爽やかな風を肌に感じ、風音を聞き、ほのかに甘く漂う花の香りを嗅ぐ、それら人間の五感から受ける感動は花の姿だけからではない。まして風に対し止めと願うこともない。
対象と僕の間にカメラを置くだけで、僕の感覚は少し変わる。それは良いか悪いかの価値判断などでは無論ない。
そして良い写真を撮りたいと望む。良い写真とは何かを知ることはない、でも僕はそれを知っているかのように、写真を判別する。
写真は、誰かが言ったように中毒性があると思う。その中毒性は、一つには対象を選択し、撮影のイメージを造り、そのイメージに合わせ機械を設定し、シャッターを押す、それら一連の流れが自己完結することにある。それでいて対象との関係を構築し、その関係に参加する、幻想とはいえ繋がりをそこに感じるのである。自己への引きこもりと他者への繋がり、それらの両感覚が写真を撮る際に持ち、ひいては中毒性が生じるのではないか、と僕は思う。
まぁどうでも良いことではあるが・・・
街を歩いているときに出会った猫。アパートと思われる入り口の塀に座っていた。自由が丘の街のはずれとはいえ、それでも様々な店が建ち並び、行き交う人も多い。その中を平然として置物のように座っている。
近くを通り過ぎるまで全く気が付かなかった。丁度、その猫の横を通り過ぎようとしたとき、ふと僕の視界に入った白い動物、ぱっと視線を向けると思わず猫と目と目があった。
カメラを構え、少しだけ猫に近づく。
たいていは、ここで猫は僕と等距離を保つ様に少し離れるはずだが、猫は微動だにしない。とても人間に慣れている感じだ。
いや、それ以上にこの場所では彼(彼女?)の方が主なのである。だから離れるとすれば当然に僕の方だと、そういった感じで猫は僕を眺める。
何枚か写真を撮ったとき、二人の女性が近づいて来た。母とその娘と思われる二人は、写真を撮っている僕の横に立ち、猫に話しかける。
「写真撮ってもらっているの。よかったわね。綺麗に撮ってもらわなくちゃね。」
その猫を見知っているかのような言葉を聞き、僕は彼女たちに話しかける。
「この猫の名前はなんて言うのですか?」
「え?」と母親らしき女性は少し首をかしげ、それから微笑んで、「さぁ・・・」と答え、さらに続ける。
「この猫、いつもここにいるんですよ。来る度にね、この猫に会いに来るんです。今日も会いに来たんです。」
「へぇー」と間抜けに頷く僕。あらためてこの猫を眺める。何か凄い猫だと思った。何が凄いのか皆目見当が付かないが、とにかく凄い猫だと思った。
母親の傍らにいた女の子が猫を見上げ、にこにこしながら猫に話しかける。
「かわいいねぇ、かわいいねぇ」
女の子の声は綺麗なソプラノで、僕にはそれがとても心地よく聞こえる。
「きっと私たちの話すことが猫にはわかるんだと思うわ」と母親が娘に向かって言う。
女の子はさらに何度も何度も「かわいいねぇ、かわいいねぇ」と猫に向かって話しかける。
すると、短くだがはっきりと、猫は「にゃー」と一回だけ鳴いた。その声を聞き二人は、無論僕も、満面の笑顔。
「かわいいねぇ、かわいいねぇ」
女の子の語りかける声が徐々に猫の鳴き声のように聞こえてくる。そして本当に女の子の言葉が猫に通じているのかもと思い始める。
女の子が見上げ猫がそれに応える様を、写真に撮ろうかと迷ったが、なにかしらそれは不謹慎な行為のように思え、僕はただ猫だけを写真に撮り続ける。
そしてしばらくして僕はその場を離れた。少し歩いて後ろを振り返ったら、まだ親子はその場で猫と話し続けていた。
公園に猫がたまる場所があって、今日久しぶりに行ってきた。
猫たちがそこにたむろする理由は、公園のメインストリートから少し離れた窪地で滅多に人が来ないこと、周囲が樹木で囲まれ通りから隠れること、その窪地には木が植えられてないので日が当たると言うこと、窪地だから周囲の落ち葉・枯れ葉がそこにたまり座布団の様に暖かくふかふかなこと、そして何よりも餌がそこで与えられると言うこと、となる。
餌時は20匹くらいが窪地に集まるとのことだった。僕が行ったときは丁度お昼時で餌を待つ猫たちが何匹かいた。数えてみると10数匹。茶色いのから灰色、三毛、白黒、虎、黒、大きさも小さいのから大きいのまで様々な猫たちが思い思いの姿で枯れ葉の上で丸まっている。
この窪地の隣は運動場になっていてフェンス越しに大勢のお年寄り達がゲートボールをしていた。雰囲気は地区大会とと言った感じで、それぞれが真剣な眼差しで競技を行っている。僕はそれらに見向きもせずに猫たちの写真を撮り続けている。
ふとなにやら気配を感じ後ろを見ると、何人もの老人達がゲートボールの用具を手に持ち、フェンス越しにこちらを見ている。やはり彼等にとってもこれだけの猫が狭い場所にいるのが気になるらしい。軽く会釈を交わす。
餌を与える方と少しだけ話をした。猫たちの中で一番の長寿は10歳とのことだった。その猫を見ると日だまりの中じっと丸まっている。毛並みが大きく割れている。その割れ方は一目で尋常でないのがよくわかる。
「猫エイズらしいんです」とその方が猫を見ながら話す。僕もその猫を見るが、彼は餌を食べに来ようともせずにただそこに丸まっている。
前回にここに来たときに紹介してもらった何匹かの猫たちは元気だった。若くハンサムな灰色猫はソックスという名前だ。毛並みがとても美しい。あくびをしている写真の猫が彼だ。
今回写真に撮るチャンスがなかったが、片目の白黒猫のモノクロも元気だった。
餌を与える方は全員の名前を覚えているようで、名前を呼びながら近くに寄って餌を与える。懸命に餌を貪る猫、あくびをしながら廻りの猫たちの様子を見ている猫、見知らぬ僕がいることで近くに寄りつかない猫、おそるおそる餌に近づく猫、その猫の性格によって対応もそれぞれだ。
日だまりの中、のんびりとした時間が流れる。まるでこれから厳しい冬が到来するとは嘘のような穏やかな時間。来年も、またその次の年も永久に同じように時間が流れていくかのような、そんな日だまりの中で、僕は猫たちの写真を撮っている。
昔、姉は高校生の僕に今でも忘れることが出来ない名言を残した。
曰く「女と男の関係は勢いよ!」
いまだにその深い内容はわからないが、何かを買う場合は「勢い」が大事なのはよくわかる。(挨拶)
PentaxのK10D発売が11月末に延びた。新たにカメラ購入を考えていた僕にとっては、計ったようなタイミングでの発表だった。何かを購入する際、人それぞれだろうが、僕の場合は勢いがとても大事だ。その勢いが発売延期発表で方向を見失ったのは事実だった。
さらに勢いは、少しでも衰えると、そこにノイズが発生するか入り込んでしまう。僕の場合、カメラ1台の購入が、その予算で2台購入することになってしまった。
それであればと、同じPenタxのK100Dを購入することに決めた。急いだ理由は、K100Dの1万円キャッシュバックキャンペーンが10月15日までで、購入するのであれば、それが適用したいと思ったこと。もともとデジタル一眼の中では安いK100Dがさらにお買い得感が強まる。
K100Dの画素数は610万画素、新機種が1000万画素超が一般的になりつつある中で、この画素数は時代遅れかも知れない。でも今回の件でわかったのだが、僕自身はそう言うことをあまり気にしないようだ。それよりも、色々な情報サイトにインプレッション記事の中で登録していた、各メーカの写真の中で何故かPentaxのが一番気に入った。それが、この機種を決めた理由でもある。
使い始めたばかりだが、使い勝手はわかりやすく、殆ど説明書を流し読みしただけだが、新たな操作でも悩むことはなかった。一つだけ後悔しているのは、レンズ。レンズキットのものは、利用範囲が若干狭いように思える。これだと、近いうちに新たなレンズが欲しくなりそうな気もする。
という訳で・・・K10Dの購入はあきらめました。もしかすればK10Dの次のバージョンは食指が動くかも知れませんが(笑
K10Dのレビュー記事を期待してくれていたYasuyukiさん、申し訳ない・・・・
追記:写真は初めてK100Dで撮ったモノです。
Flickrに投稿した写真をミニ名刺にしてくれるオンライン・プリント・サービス「MOO」から試供品が届いた。
「MOO」開始時に、Flickrユーザ向けにお試し無料サービスを行っていて、それに応募していた。お試しは枚数は10枚。
こんな感じで届いた。ミニカードはちょうど少し幅広のガムという感じの大きさ(28mm x 70mm)。
開封してモノを見るまですっかりと「MOO」の事は忘れていた(笑)。だから余計に嬉しかった。
ミニカードはこんな感じ。FLickr投稿写真が印刷してある面の裏は、自分で好きな文字を依頼することが出来る。
でもAmehareのみの名刺を作ったとしても、何処で使えるのだろう・・・・
「moo」のサービス説明はTechCrunch(日本語版)を見てください。
先ほど「moo」のサイトを確信したら、既にお試し無料サービスは終了していました・・・残念。
彼岸花は朱色と相場が決まっていた。少なくとも僕の近所では朱色の彼岸花しか最近まで観たことがない。
白色の彼岸花を知ったのは今年になってからだ。それも写真で草花を撮るようになり、意識して観るようになったからで、もしかすればずいぶんと昔から身近で咲いていたのかも知れない。
でも黄色い彼岸花があるとは思いもしなかった。
通勤路にある家の庭に咲いていたのを見つけたのは、今週の水曜日の事だった。でもその日は朝から雨が降っていたのでカメラを持たずに家を出たので、写真に収めることが出来なかった。
丁度雨が上がり、濡れて露が滴っている彼岸花はより美しいに違いなかった。その姿を写せなかったのはとても残念だった。
あれから二日経ち、今日になってやっと黄色い彼岸花を写すことが出来た。といっても勿論人の家の庭先に咲いているのであるから、まずは説明から始めなくてはならない。
インターフォンを押して出たのは声の調子から初老の男性だと思う。怪訝そうな声の調子を拭うかのように、僕は明るく声をかける。
「通りかかった者ですが、お宅のお庭に咲いている黄色い彼岸花を見かけ、あまりにも珍しいので、たまたまカメラを持っていた者ですから、是非とも写真を撮らせて頂きたく・・・・」
なんという苦しい言い訳だろう、相手の不安をこれは助長するだけじゃないか!少々自分の拙さに焦る。
でも相手の方は、こんな僕の説明を心地よく受け入れてくれた。そして庭に通じる扉を開けてくれた。
そこには初老の男性と、その奥さんと思われる女性が立っていた。そして庭に招き入れてくれた。そして僕は10分かそこら彼岸花をとり続けた。この一枚はその時の写真だ。
奥さん曰く、黄色い彼岸花は九州地方に多いのだそうだ。種を貰い、土に肥料を加え、丹念に育てたのだそうだ。昨年はそれでも何故か咲かなかった。でも今年は見事に咲いた。太く丈夫な茎の上に見事に黄色い花を咲かせた姿は、ご夫婦の花への気持ちに重なり、話を聞けば聞くほど美しく感じられた。
しかし彼岸花は、朱色といい、白色といい、そして黄色といい、色が濃い。
後から写真を見るとどうも彼岸花の美しさが出ていなかった。また来年、失礼かも知れないが、お邪魔して写真を撮ろう。
帰りに、モノクロフィルムを持って渋谷のビックカメラに現像とCD化について聞いてみた。
そしたら、あっさりと受け入れてくれた。
知らなかった・・・
やはりこういう事は大型量販店に最初から行くべきだった。
でも現像とCD化は別行程(依頼先が別れる)となるので、完成までに時間がかかるとのことだった。
料金はカラーと較べて、つまり依頼先が一つのものと較べても、殆ど変わらないように見受けられた。
できあがるまでに、約1週間ほどかかる。
最近は何かを依頼しても結構早く、1週間待つという事が珍しい。
でも、できあがるまでのワクワク感が、時間がかかるのも悪くないと僕に告げている。