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あなたの好きな花を見せてください。
提案:Ganeshさん
桜!桜のことを語れば、おそらく止まらない(笑)。
僕にとって「桜」のイメージに一番近い物語は、良くも悪くも坂口安吾の「桜の森の満開の下」。良くも悪くもと言ったのは、物語作家としての坂口安吾の面目躍如たる作品だとは思うけど、寓意性が強すぎてついて行けない部分もあるし、桜(特にソメイヨシノ)の持つ不自然なまでの妖しい美しさをイメージとして良く捉えていると思う面もあること。
同じく桜のイメージを捉えた梶井基次郎の「桜の樹の下に」は、彼の心象がとても感じられ、坂口の作品よりすんなりと同調できる。でも僕にとっては、印象の強さでやはり坂口の「桜の森の満開の下」の方が強い。
来年の桜の季節もまた仕事を放り投げて写真を撮り続けるんだろうなぁ・・・
今回僕が「桜の季節」と称して桜語りの連作を思い至ったのは、自分の中にある桜の特別な位置づけが、いかにして成り立ったのかを幾分かでも知りたいと思ったからだった。自分にとっての鍵語は「ざわつき感」であったが、桜を思えば思うほど「桜語り」の難しさを痛感する結果になった。桜語りの難しさは、理念化した桜が己の信念と結びつき易いことにあると思う。すなわち桜は擬人化されやすいし、擬人化したことに、僕自身も気がつかない場合が多いのである。
「桜語り」はまるで信念という光源によって映し出された影を語ることに近いかもしれない。つまりいくら語ろうが桜に辿り着くことは難しい。それでいて自分が語る桜が影であることに気がつき、光源の外部に立って桜の実態を見たとき、そこにあるのも一つの理念化した桜ではないと誰が言えるのであろう。その堂々巡りの言説の中に現在の桜があるとすれば、僕は桜を語ることができない。おそらく「桜」を題材に「日本」と「日本人」について何でも語ることができることだろう。それはまさしく望みのままに「桜」を消費することが可能である。
「桜がでてくると、なぜか突然「古来から」や「日本人」が呼び出されてくる。でありながら、昭和十年代の桜の精神論のような明確な観念や思想はない。むしろ、ないからこそ安心して呼び出せるのかもしれない。なんというか、虚数空間を強引に跳躍するようなものだが、実定的(ポジティブ)な大きな物語なしに、個人化し拡散していく感情や記憶をただ一つの桜らしさへつなげていくには、たしかにこれが唯一の語り口なのかもしれない。」
(佐藤俊樹 「桜が創った「日本」」から)
今回の連作で佐藤俊樹氏の著作「桜が創った「日本」」を参照することが多かった。たぶん今後多くの「桜語り」はこの書籍を参照されていくことになるように思える。この中で「ざわつき感」について面白い話が載っていた。
よくソメイヨシノはヤマザクラの自然とくらべ人工的と多くの「桜語り」のなかでいわれる。でもソメイヨシノから見ると、自然・人工の区別はなく、「種の保存」の観点から見れば、単にソメイヨシノが人間の力を借りて種の拡大をはかったと言うのである。そのためにソメイヨシノは人間が喜ぶ姿へと進化した。ソメイヨシノが人工的という語りの中にも、語る側の信念としての自然観があるのだと思うである。
「ソメイヨシノは彼らを取り巻く日本列島の生態系、その一部に人間社会をふくむ生態系全体にうまく適応して、空前の大繁栄を勝ちえた。それを「不自然だ」「俗悪だ」「醜い」と非難する方が、よっぽど傲慢だと思う。・・・(中略)・・・私たちはソメイヨシノに深い不気味さや気持ち悪さを感じる。美しいにもかかわらず、どこかひどく心をざわつかさせる。それはどこかでこの自然・人工の反転に気づいているからではなかろうか」
(佐藤俊樹 「桜が創った「日本」」から)
今年、ソメイヨシノを昨年以上に多くを観賞し写真にも撮った。美しすぎると僕はあらためて思った。でもその感覚は梶井基次郎とも坂口安吾とも違う。話は脱線するが、なぜ坂口安吾のあの小説がこれほど高い評価を得ているのかも僕にとっては不思議だった。勿論よい作品だと思うが、少なくとも僕は、評論家の奥野健男氏が評価するほどとも思えなかった。
「グロテスクの極致がこの世のものではない美をつくり出した傑作で,民族の深層意識をえぐり,未来的な芸術を暗示している」(奥野健男氏)
「民族の深層心理」とは一体何なのだろう。それは理念化した「桜」がそう思わせているだけではないのだろうか。この評価が成立する時代を僕らはとうに越えてしまったのではないか。そう思えるのである。
では僕の「ざわつき感」とは一体何かと問えば、それは僕の自己中心性からやってくるのだと思う。おそらく僕は春を待ち望んでいるのだ。自己の不全感が、春になり変わっていくような期待感の具体的な姿として「桜」があるように思えるのである。自己の不全感を解消するのは他力ではない、それは当然に知っている。でも「桜」により動かされることもあると僕は思うのである。ゆえに梶井と坂口の感じる桜を、そういう部分もあることを少しは内心認めていながらも、僕はそれを自分から受け入れているのだと思うのである。
梶井基次郎の「桜」の美しさは屍体から養分を吸い取ることで成立するが、それを感受出来たのは結核という身体性と大正から昭和への時代性にあった。それは「生」と「死」が二項対立的に存在するのではなく、「生」は多くの「死」の上に成り立ち、しかも「生者」は「死者」からの養分を吸い取ることで「生」を謳歌できる、という梶井の「気づき」であった。その「気づき」は、いずれ自分も「死者」に仲間入りをするという自覚でもあり、それゆえ梶井は花見の酒を酌み交わす権利を持ったと感じたのだと僕は思う。
梶井基次郎の「桜」はソメイヨシノの群桜からのイメージと僕は見ているが、それはタイトルで示されたように、対象としては一本一本の個別の桜でもある。それが戦後の坂口安吾では「桜の森の満開の下」となり、「桜の森」として集団の桜を一つとして展開することになる。この変化は単にそれぞれの作家個人の感覚に委ねられている部分が大きいとは思うが、多少ではあるが時代の変化もあるように僕には感じられる。「今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑めそうな気がする。」
(梶井基次郎 「桜の樹の下に」から)
昭和22年に発表した坂口安吾の「桜の森の満開の下」に登場する「桜」について少し語りたいと思う。安吾の作品を集中して読んだのは随分と昔のことだ。でもその中でも幾つかの作品は印象的で今でも記憶に残っている。安吾は「現実」を描写する自然主義文学を嫌い物語性の強い作品を数多く残した。「桜の森の満開の下」も物語性が強い。特に説話文学形式を取っていることで寓意性と物語性はさらに強調されているかのようにも思える。説話とは作者不詳の口承により伝えられてきた物語である。そして主に説話はふるさとの年寄り達が子供に語り継ぐ物語でもある。勿論「桜の森の満開の下」を語るのは坂口安吾に他ならないが、この物語を読む中で安吾の姿が見えなくなっていくのである。
「桜の森の満開の下」に登場する「桜の森」とは同じ種類の桜が群れて咲く場でもある。だから山賊は花の蕾の状態を見て満開時を予測できる。桜の自生の場合、森を形成することは難しい。概ねというか殆ど、桜の森は、吉野の桜も含めて人間が植えている。また単種類を集中して植える桜はソメイヨシノでもある。「前も後も右も左も、どっちを見ても上にかぶさる花ばかり」の桜にもソメイヨシノを連想させる。つまり「桜の森の満開の下」の「桜」もやはりソメイヨシノのイメージがそこにはあると僕は思う。
安吾が生きた時代は全国的にソメイヨシノが広まった時代でもあった。ソメイヨシノは軍隊・公園・役所等の公共施設中心に植えられていくが、さらに様々な媒体により「桜」と国家の同一性が結びついた時代でもあった。
安吾が生まれた時と新潟という場所では、ソメイヨシノはそれほど植えられていなかったと僕は想像する。おそらく安吾がソメイヨシノの桜の森を見たのは17歳で東京に家族とともに転居した後だったのではないだろうか。僕の想像はそれを起点として続く。大正11年ごろであれば九段の桜も十分に育っていたことだろう。安吾は東京で初めて「桜の森」を体験したと思う。佐藤俊樹氏の「桜が創った「日本」」に拠るところの「デフォルメした桜」であるソメイヨシノの美しさは、安吾が故郷で見慣れた桜と較べると、圧倒的な美しさを感じるが、どことなく不自然さが漂って見えたかもしれない。
僕が「桜の森の満開の下」を「桜」の視点て読めば、そこにあるのは「ふるさと」に戻ろうとする山賊が「桜の森」に阻まれて辿り着けない物語でもある。つまりは、山賊が女の誘いにより「ふるさと」を離れ都に行くが、都の生活に馴染めず、「ふるさと」に戻ろうとする。でも「ふるさと」の前には「桜の森」が立ちふさがっている。森の中で女は鬼に変わる。山賊はその鬼を殺してしまうが、殺した後は普段の女の姿に戻っていた。そして桜の花弁が舞い落ちる中、二人は虚空の中に消えていく。「アモラルな、この突き放した物語だけが文学だというのではありません。否、私はむしろ、このような物語を、それほど高く評価しません。なぜなら、ふるさとは我々のゆりかごではあるけれども、大人の仕事は、決してふるさとへ帰ることではないから。だが、このふるさとの意識・自覚のないところに文学があろうとは思われない。文学のモラルも、その社会性も、このふるさとの上に生育したものでなければ、私は決して信用しない。」
(坂口安吾 「文学のふるさと」から)
女の美しさ・残酷さが安吾の女性観に拠るところが大きいとはよく言われている。確かに「桜の森の満開の下」に登場する女は理念化された女性像だと思うし、そこに彼が過剰なまでのプラトニックで愛した矢田津世子の存在があるとも思う。ただ「桜の森の満開の下」に現れる「森と都」「山賊と女」「残酷さと美しさ」「果てのない欲望と退屈」などの鍵語は、僕にとって「桜」の存在の前では陰が薄くなるのも事実なのである。
「ふるさと」になぜ戻れないのか。そしてなぜ「桜」は戻るのを阻むのか。それはこの小説が敗戦後早々に書かれたことと無縁ではないように僕は思う。また坂口安吾の「桜の森の満開の下」の「桜」とはいったい何かという問いにも繋がっていく。
ソメイヨシノは日本の近代化と密接に結びついた桜でもあった。それは敗戦直前までは日本の同一性に結びついた存在でもあり、日本人もしくは日本国家を象徴する記号になっていた。その変化は新潟県民である一人の男が、地域に関係なく同じ日本人として、一つの壮大な物語に参加することでもあった。しかし敗戦で一気に状況は変わっていく。その中で安吾は、「ふるさと」を見失ったのかもしれない。もしくは「ふるさと」を想起する毎に「桜」に結びついた物語の記憶が立ち塞がるのかもしれない。そして「ふるさと」とはいったい何かと問われれば、「桜の森の満開の下」の物語では「存在の根拠」ではないかと思うのであり、「空想」は「現実」であると言い切った安吾にとって、自分の現実の姿をそこに見たのではないかとも思うのである。
「桜の花の満開の林の下へ来かかり見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまう」
(坂口安吾 「桜の森の満開の下」から)
「桜の森の満開の下」の「桜」とは恐ろしく人を狂わせる場所であり、「虚空」でもあった。それはこの物語を語る安吾自身が見えなくなっていくことと、「ふるさと」での語り方でもある説話形式での構成と相まって、さらに印象深くしているように僕には思える。
追記:坂口安吾は没後50年を過ぎ著作権が失効した。現在「青空文庫」で多くの作品を読むことができる。上記の僕の感想は言葉足らずのところがただあると思う。いずれ彼のほかの作品の感想文で埋め合わせをしたいと思う。
「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」で始まる梶井基次郎の「桜の樹の下に」に登場する桜の品種を想像することは全く意味がない。それは梶井基次郎が造り上げた観念上の桜である、即ち現実の桜ではない。でもその無粋なことをあえて行えば、やはりソメイヨシノだと僕は思っている。それは「爛漫と咲き乱れている桜」、そして「一つ一つ屍体が埋まっている」から、一面の花の姿で群桜の状態で植えられている姿を想像するからなのだが、大正10年以降に日本全国にソメイヨシノが展開していった事実を思えば、あながち外れているとも思えないのである。
梶井は桜の信じられない美しさに、「不安になり、になり、空虚な気持」になったが、「一つ一つ屍体が埋まっていると想像」することで、彼を「不安がらせた神秘から自由」 になった。桜の信じられない美しさは、花という生殖の営みの美しさであり、それは「生」に結びつく。そして小説中に挿入した薄羽かげろうの生殖直後の死が現す様に、梶井にとっては「生」の美しさは「死」に密接に関係するのである。
この小説に登場する桜は、爛漫に咲き乱れ散りゆく桜ではない。梶井は、信じられない美しさで爛漫に咲き乱れるからこそ、その美しさに原因があるとした。それは「檸檬」の化学反応に似た感覚でもある。また梶井は結核により死と常に隣り合わせで生きていた。時として体調が芳しくなく、不快な発熱と発汗が身体に現れるときもあったことだろう。そのいいしれぬ憂鬱の中で、生が謳歌する春の中で、ひときわ美しく咲き乱れる桜に信じられないという心情を持ったのではないだろうか。
仮に梶井基次郎が感嘆した桜がソメイヨシノであったとしたら、これも僕の想像だが、京都で生まれ育った梶井にしてみれば、ソメイヨシノは新しく派手な桜と受け取ったことだろう。梶井にとっては見慣れぬ桜であったからこそ、その美しさにこの世のものとは思えない何らかの理由を求めたとも思えるのである(見慣れている桜であれば、おそらくここまでイメージできなかったのではないか)。さらに大正から昭和にかけて、社会は「桜」に日本との同一性を求め始め始めている。梶井にとっても、当時の日本の社会状況について感じることもあったと思う。それはソメイヨシノの新しさ、ある意味において屍体を持ち出すほどの不自然な美しさ、を重ねてみる日本の姿でもあったのではないだろうか。それを考えてみれば、梶井の想像はあながちロマン的なものでもなかったとも思えてくる。
僕はソメイヨシノを見たとき、確かに美しいと感じるのであるが、桜の樹の下に屍体が埋まっているとの想像を喚起することは難しかった。つまりは梶井が感じた、ソメイヨシノの不自然な程の美しさを感じる事も出来なかったということでもある。それは僕にとって毎年必ず訪れる見慣れた風景でもあった。しかしその事自体、ある意味感覚の麻痺があるのかもしれない。もしくは梶井も含めた数々の桜に関連する言説を無効化した地平の彼方に現在のソメイヨシノが立っているのかもしれない。そんなことを思った。
僕がヤマザクラを「発見」したのは高校の頃だった。近くの公園でソメイヨシノ満開時に一本だけ赤い葉と共に咲いている桜を見つけたのだった。木に吊された札には「ヤマザクラ」と書いてあった。桜の歴史について何も知らなかった僕は、逆にある意味幸運だったかもしれない、ソメイヨシノと較べ葉と共に控えめに咲くヤマザクラに好感を持ったし、何よりもヤマザクラを歴史性で結ぶことなく全く別の桜だと認識したのだった。その認識は今でも続いている。
昨年の春に僕はそのヤマザクラの木を思い出し、公園のその場に行ってみたがヤマザクラの木は無くなっていた。移動したのか伐採されたのかは今でも不明だが、凄く落胆したことは覚えている。
今年、僕は公園内で何本ものヤマザクラを見つけた。それらは僕が通勤時に毎日通っている道の脇に植えられていた。数にして6・7本で、それぞれが根元から幹が数本別れた高木であった。それを契機に公園内でどのくらいのヤマザクラがあるのか実際に数えてみた。僕にとっては驚くべき事に、ソメイヨシノとほぼ同じであった。高校時には1本しかないと思いこんでいたが、単に今まで気が付かなかっただけの話なのである。どうして今まで気が付かなかったのか、それは桜を見る僕の視線によると思う。桜の姿を思い浮かべると、どうしてもソメイヨシノに集約される視線が、他の桜を見えなくさせていたと思うのである。
勿論昔からソメイヨシノ以外にも桜があるのは知っていた。例えば八重桜、枝垂れ桜、彼岸桜、等々。しかしそれらも僕にとって「桜」として見えなかったようだ。公園においても、実際はソメイヨシノ・ヤマザクラ以外にもオオシマザクラ・カスミザクラ・ヤマベニシダレザクラ等が植えられているようなのであるが、何処に植えられているか正直今でもわからない。
前の記事で僕は、ソメイヨシノには「桜」の観念としての側面を持っているが故に時として「妖しく」見えるのだ、と書いた。でも花の付き方も満開時の雰囲気も他の桜と全く違うのも事実である。ソメイヨシノを基準にすれば、ヤマザクラ群の桜は満開時でも葉桜と見間違えてしまうのである。それほどソメイヨシノの満開時の姿は絢爛で、群桜によりさらに圧倒的な姿で鑑賞者に迫ってくるのである。枝いっぱいに咲く状態、どこを見ても花・花・花の光景、花で木全体を埋め尽くしてしまうかのような花の勢い、見上げればそこは花の天蓋、それらのソメイヨシノがつくり出す光景を僕は「桜」という言葉と共に毎年見続けている。
ソメイヨシノが造り出す光景は、別の見方をすれば空間の付加価値とも言えるかもしれない。単品種集中型の公園景観が中心的な現在において、文字通り冬季の裸木から全身花の衣を身にまとう変化は空間そのものを変える力がある、と僕は思うのである。そしてその付加価値は非日常性の場をそこに創出している。しかもその空間は10日間という期限付きなのである。10日間という短さが、多くの人を飽きさせないぎりぎりの期間となっているし、飽きさせないことが冬になり春を待ちわびる気持ちに春のイメージと結びついたソメイヨシノが現れるのだとも思う。
少なくとも一カ所に多品種が植えられていれば、桜の品種の多様なる事実と共に、その中での好みもでたに違いない。でもそれはあくまで仮定の話である。今の僕はソメイヨシノの光景に縛られ続けている。
佐藤俊樹氏の「桜が創った「日本」」では、「桜の美しさの理想(イデア)として、もともと存在していたのである。」とある。しかしこの文章は誤解を生みやすい。何故なら「桜」のイデアがあるとして、それは外部に存在するものでもなく、ましてや日本民族だけが追い求めたわけでもない、と思うのである。勿論個別事項として「桜」に特化してイデアを考えれば、日本のアイデンティティ及び日本の風土に結びつき、僕らが記憶する「桜」はナショナリズムの近代歴史観の中で大きく咲かすことも可能であろう。それに「桜」の美しさを求め、園芸品種として新たな「桜」を造り続けてきたのも事実であろう。でも地域ごとに自生する植物があり、その地域に生活する人間がそれを愛でたとしても自然なことであると思う。つまりは「桜」という個別事項ではなく、人間が他の生物を愛玩する本質にこそ、「桜」を愛でる本質があると僕は思うのである。そしてこの本質は人間のエロス性に深く結びついていると僕は思う。
「桜」の美しさの理想(イデア)は「もともと存在していた」とは、近代日本の文脈の中で過去の詩歌の中から発見したに過ぎない。もしくは「書き言葉」の中から造りだされた「吉野」のイメージが増幅され、それがたまたまソメイヨシノの特性に多く合致したのだと思う。イメージが増幅された「桜」の美しさは観念化していくことになる。それはソメイヨシノ登場後に、実体として逆に集束されていくことになるが、もともと観念化した「桜」の側面を持っていたがゆえに、今でも妖しげな姿を僕らに見せているのだと思うのである。
佐藤俊樹氏はソメイヨシノが日本各地に植えられた理由として、成長が早いこと、目新しいこと、価格も安く丈夫、をまずあげられている。まず「公園」の景観を考慮して植えられたとする視点は、ソメイヨシノの全国展開に日本の同一性という乏しい想像力しか持っていなかった僕に別の姿を与えてくれた。この書籍については「桜の季節」の記事シリーズの中で別途感想文を書きたいと思っている。でも今はまだそこまで辿り着いていない。僕は自分の「ざわつき感」の正体を見極めていないのである。
「桜の季節」と題したこのブログ記事の「桜」とは、ソメイヨシノのことに他ならない。僕自身が生まれたときから「桜」とはソメイヨシノであった。僕の「桜」のイメージはソメイヨシノによって形成されたものであって、逆に言えばソメイヨシノの特徴をあげることで「桜」のイメージが具体的に示されることになると思う。ここでソメイヨシノについて、一般に知られていることを整理することは今後の展開にとって大事なことだろう。勿論、整理といってもそれが正しいかどうかは僕にはわからない。特に歴史的なことについての言及はここでは一切行わない。概ねはWikipedia「ソメイヨシノ」を参照、または引用した。
1) 江戸末期から明治初期に、江戸/東京の染井村の植木屋が「吉野桜」として売り出した。2) 1900年(明治33年)「日本園芸雑誌」において「染井吉野」と命名。
3) エドヒガンとオオシマザクラの交雑種。
4) 花弁は5枚一重で、葉が出る前に花が開き、満開となる。
5) 満開時には花だけが密生して樹体全体を覆う。
6) 花色は、咲きはじめは淡紅色だが、満開になると白色に近づく。
7) 花見の期間は概ね10日間
8) 接ぎ木や挿し木で増やすクローン植物。
9) クローン植物として全て同じ木であるがゆえに、一斉に開花し、一斉に散る。
10)成長が早い(見栄えまで10年)が、寿命も短い(60年説がある)。
(但し弘前市には樹齢100年を超えるソメイヨシノも現存する)
11)単品種集中で植えらている場合が多い。いわゆる群桜状態。
12)サクラ前線の対象桜(一部地域を除く)。
13)東京での開花宣言は靖国神社にある基準木3本のうち2本の開花で宣言する。
14)ソメイヨシノが最初「吉野桜」で売り出したのは宣伝効果のため。
15)現在の日本で植えられる桜の7割~8割を占めるといわれている。
16)人間の管理を大きく必要とする。
僕がソメイヨシノ(桜)を考える際に、どうしても囚われてしまうのがナショナリズムとの関連性である。しかしその関連以前にも桜はこの国に好まれていた。ソメイヨシノが新参の園芸品種だとしても、それは長年桜を好んできたこの国の人たちにとって、桜だと認めたからこそ、ここまで栽培されてきたのだと思うのである。現代においてその関連性を導き出すことは、事実かもしれないが、極めて簡単であり、あまりにも単純かつ安易でもある。そして僕の「ざわつき感」を考える際に不要のような気もしている。
「吉野桜が普及する前に、「吉野の桜」という名が日本語の世界で普及していた。そういう名の地層、想像力の地層の上に、ソメイヨシノは根付き、広まっていったのである。」
「ソメイヨシノが広まることによって、ソメイヨシノの咲き方に特にあう言説が選択的に記憶され「昔からこうだった」と想像されるようになる。いわば想像が現実をなぞっているわけだが、義政や芭蕉や東湖の句はもう一つ重要な事実を教えてくれる。ソメイヨシノの出現以前に、ソメイヨシノが実現したような桜の景色を何人もが詠っていたのだ。この桜が現実にした光景は、想像上ではすでに存在していた。桜の美しさの理想(イデア)として、もともと存在していたのである。」
(佐藤俊樹 「桜が創った「日本」」から引用)
「ざわつき感」の要因の一つと言えるかもしれないのは、ソメイヨシノの花見期間の短さである。佐藤俊樹氏はその著書の中で、加えて群桜の結果、鑑賞する場所が狭いのもあげていた。つまり一度に大勢の人が狭い場所に集まる。短期間だからこそ、そこで催される風景は一種狂乱じみてくるのである。その文章を読み、僕の中に単純に浮かんだものは「祭り」であった。もしかすれば僕の「ざわつき感」は、「祭り」が同じ場にいる人に与える感覚に似ているのかもしれない。まずはそんな事を思ってみた。
見知った人に好きな季節はと尋ねると、季節は春、桜の咲くころ、と答える方が多いように思う。それぞれの季節にはそれぞれの趣があると思うが、やはり僕もこの季節が一番好きである。
でも桜の季節が好きという気持ちは、例えば自分の趣向に合ったものを思い浮かべる気持ち等とは何か異なるようにも思える。生活する中で、この季節になると自分の奥のほうから、少しずつざわつき始めてくるのを感じるのであるが、そのざわつき感は趣味のものを目の前にする感覚とも違う。このざわつき感は一体どこから来るのだろう。満開に咲く桜の樹の下で、外面は落ち着き払ってベンチに佇むとは裏腹に、僕は一向に集中できない。
馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛して蛆が湧き、堪らなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚めて、その液体を吸っている。
(梶井基次郎「桜の樹の下には」から引用)
この一文は、桜を比喩としたあるイメージだけの産物ではない、と僕は思うのである。おそらく梶井基次郎の発想の根底には、僕と同じざわつき感があるように思える。そしてそのざわつき感が沸き立つ理由を梶井基次郎は桜の樹の下の屍体に結びつけたのだと思う。
勿論この感覚は僕だけのものではないはずである。でも桜が淡い桃色の花弁を、誰に見とがれることもなく、それこそ一斉に咲き乱れる姿は、僕の思考を混乱させ麻痺させるに十分である。このざわつき感をしばらく考えてみたいと思う。
注)この写真は今年の桜ではなく昨年のものです。






