仕事
「仕事は何?」と聞くと勤めている業界もしくは会社の名前を答える人が多い様に思う。でも、ハンナ・アーレントを引くまでもなく、仕事と労働は違うと思っている。勿論、会社での、もしくは生活の糧としての「仕事」が自分の仕事と思っている人はそれはそれで多くいると思うし、全然否定するつもりはなく、むしろ良いことだと思う。でもその場合、「仕事は何?」の答えとして、間違いなく企業名とか業界の名前だけでは答にはならないとは思う。
「僕の仕事は何?」と自問自答してみる。その質問は前提として勤めている会社での「仕事」を除くことにする。
写真と答える。写真を含め「プロ」と「アマ」とに分ける仕事が幾つかあるが、写真に関しては意味がないように思える。いるのは写真で生活する人と、そうでない人だけのように思うのだ。写真と答えてみたものの、何か違う気がして即座に取り消す。
詩を書いてます。誰も聞いていないことを確認して小さな声で呟く。今までに数編しか書いていないので、書いていないと言った方が正しい。詩を書いたことがない詩人。悪くない。でも少し嘘っぽく聞こえる。だからこれも却下。
ライダーです、と言いたいけど、これは仕事ではないのはわかる。
「サーカス団ひとりの猫使い」と自信を持って答える。でも少し考えてみれば、ジュニアに使われているのは僕の方なのだ。
「猫屋敷の執事」、間違いなくこれは言える。僕はジュニアの泣き声・尻尾の振り方・目線で何を望んでいるのかがわかる。彼にとってかなり優秀な執事である。
「読書」は仕事になるのか?などと考える。でも「読書」は活動の元に近いように思える。何かを創る才能があればと思うが、昔から壊す方が得意だった。「散歩」はどうだろう、とだんだんと趣味の方向に流れる。そういえばスーパーマンの仕事って何なのだろう。まさか新聞記者とは答えまい。
Comments
意味深な投稿ですね~。
仕事を「対価を求めるもの」とは定義していないわけですね~。
すると、「価値を生み出すもの」でしょうか。
でも、これは窮屈だから、「外部に対して働きかけるもの」として考えると、面白いかもしれませんね。
「外部に対して働きかける」ための前提として、自分の内面を成長させる、あるいは充実させることも「仕事」の一部だとすると、読書もバイクも写真も「仕事」になってくるかも。
これを拡大解釈していくと、自らが存在し思考し、行為することそのものが「仕事」になったりして。
というのは、拡大しすぎでしょうか?
などということを、帰国途上のアルジェのホテルで考えてしまいました。
ではでは~。 :)
あれから色々と考えています。別途ブログにでも「仕事」について書きたいと思っています。それまでちゃめさん、コメントの返信は宿題とさせてくださいね。:-)