カメラなんて
カメラなんて、といつも思ってる。カメラなんてシャッターを押すだけなんだ。カメラなんて僕のイメージ通りの写真は一度も授けてくれない。カメラなんてコントロールしようなどと考えるのが無駄というもの。カメラなんて何だって構わない。僕は写った写真をただ選択するだけ。これが良い悪いなんてこと本当はわからない。ただ直感。だからこそ選択の中に僕の写真に対する思い入れが出てくるのかもしれない。
なんでこんなことを話すかと言えば、新たなカメラを購入したからだ。今まで使っていたのは(今でも使っているけど)PENTAXのK100D、新しく買ったのが同じくPENTAXのK20D。そして僕はK20Dに苦労していると言うわけだ。この苦労は「カメラなんて」と言っていた僕には似合わない、それは重々わかっている。だからこそ苦労している僕に、僕自身が驚いている。
K100Dの時はシャッターを押した瞬間にある程度の画像イメージが浮かんだけどK20Dの場合全くそれがない。慣れの問題であるのはわかっている、でもそれが三日も触り続け撮り続けているのに未だにわからないとなると、まぁ多少の落ち込みがあるというものだ。
皆様にK20D買ったよー、こんなに良いカメラだよ!って見栄でも良いから宣言した気持ちは山ほどあるけど、それはいつの事やら。まぁ開き直るという手もあるけど、なかなかねー、そういう性格じゃないようで(笑)
だから口だけ、「カメラなんて」って言っている。
Comments
でも、苦労している。
ちょとうらやましい、かな。
もしも〜「もうやだ!」ってなったらおっちゃんが貰ってあげるから。R画伯撮り用に。
コメントありがとうございます。とても嬉しいです。fuRuさんにはK20Dで撮った写真を見ていただいて「買いました!」と言いたかったのですが、なるほど・・・mixiとVOXは繋がっているんでした(笑)
ひとまずの感想を言えば、K20DはK100Dよりもシャッター音が好きです。なにか僕の耳にはすごく気持ちよく聞こえます。それとfuRuさんの言われたとおりに、K100Dのポテンシャルの高さを逆に認識しました。もう少し使ってからあらためて試用日記でも書きたいと思っています。
写真家のダイアン・アーバスも何回かカメラを交換しています。ライカ、ローライフレックス、そして最後はペンタックス。彼女は新たな写真を求めてカメラを切り替えた訳ですけど、その都度、彼女はスランプに陥ります。
「 三五ミリのかわりに6×6センチを使うことに気がついたのはよいのですが、いまのところ結果としてあらわれたのは、 まったく撮れなくなったということだけです」
僕は今まで彼女のこの言葉の意味がよくわからなかったのです。無論、彼女と僕の立場は何もかも違いますので、簡単には言えないとは思いますが、でも今はほんの少しだけですが、彼女の言葉を僕なりに理解できそうです。